ようやく自分のペースで片付けを始めても、ある場所で急に動けなくなる事ってありますよね。
衣類や日用品はなんとか整理できたのに、思い出のある物を前にした途端思い出の物の前で手が止まってしまうことも多いです。
捨てるほどではないけど、このまま残していいのかも分からないというモヤモヤした気持ちのまま箱を閉じて、押し入れに戻してまた数ヶ月が経つ、そういう話をよく聞きます。
子育てが一段落して時間ができたからこそ、こうした場面で止まってしまうこともあって、片付けが続かない自分が悪いのかなと思っているアラカン女性も少なくないんですよね。
でも、それは片付けが続かなくなったのではなく、それまでとは性質の違う物に差し掛かっただけです。
今回は、思い出の物の前で手が止まる時の考え方を整理します。
捨て方や収納の話ではなく、なぜ止まるのか、止まった時に何を考えればいいのかを紹介していきますね。
思い出の物で止まるのは自然な流れ

片付けが進んできたアラカン女性ほど、思い出の物の前で一度止まることが多いのですが、これは片付けの失敗でもなく、意欲が切れたわけでもなく、流れとしてごく普通のことなんです。
衣類や日用品と思い出の物では、そもそも判断に使う基準が違うので、同じやり方で進もうとすれば、どこかで止まるのは当然なんですよね。
動いた人ほどここで止まる
片付けを始めて少し手応えを感じてきた頃に、思い出のある物が入った箱や棚に行き当たります。
それまで動けていた分、なんでここだけ進まないんだろうという気持ちになりやすいが、逆に言えばそこまで来られたということです。
思い出の物で止まっているのは、意志が弱いとか飽きっぽいという話ではなく、ステージが変わった場所に来たということです。動けていたからこそ、ここで止まっている。
その順番をまず確認しておきましょう。
止まること自体が正常な反応
思い出のある物を前にして、いるいらないをすぐに判断できる人のほうが少ないですし、むしろ簡単に動けてしまうほうが、何かを置き去りにしているような気もして、後から引っかかることがあるんですよね。
思い出の物の前で止まるのは、それだけ自分の時間をちゃんと積み重ねてきたということでもあるので、止まって当然の場所で止まっているんです。
まずそれだけを確認しておくだけで、少し気持ちが楽になります。
片付けを始めたばかりの段階で迷っている場合は、最初の進め方を整理しておくと流れがつかみやすくなります。
全部大事に見えて決められなくなる理由

思い出の物の前で動けなくなる理由のひとつは、どれも同じくらい大切に見えてしまって、物同士の差がつけられなくなることです。
これは判断力がないとか優柔不断だという話ではなく、思い出がある物には構造的に選別しにくい性質があるということです。
思い出があると物同士の差がつけにくい
日用品なら、去年も一度も使わなかったという事実で判断できますが、思い出の物の価値は、使ったかどうかではなく、そこに何があったかで決まっていきますよね。
子どもが小さい頃の写真や旅先でもらった小物、誰かからの手紙など、そういった物には最初から使えるかどうかという基準が当てはまらないので、比較しようとしても軸がないんです。
どちらが大事かを決めようとすると、どちらにも何かがあって、決め手が見つからない状態になります。
基準がぼやけるのは当然のこと
何かを残すか手放すかを決めるには、判断の軸が必要ですが、思い出の物に使える普遍的な基準は、実はほとんどありません。
それはあなたがおかしいのではなく、思い出の物がもともとそういう性質を持っているということなので、どれを残すか決めようとした瞬間に、全部が同じ重さになってしまう。
順番をつけようとするほど、つけられなくなっていく感じは、それだけ大事にしてきた証拠なんですよね。
なので、判断できないのは、当然の状態です。
決められないまま置いてしまう状態

思い出の物の判断ができないまま、いったん箱に戻してしまうことはよくありがちで、また今度考えようとか、気持ちが整ったら決めようと思いながら、もとの場所に戻してしまう。
その判断を先送りにする気持ちはよくわかりますが、この先送りが続くと、少し違う問題が出てきます。
箱を戻したあとの状態
思い出の物を箱に戻したあと、しばらくその箱の存在を忘れていることも多いですよね。
押し入れの奥に入れてしまえば日常には出てこないし、生活に支障があるわけでもないから、いつのまにか気にならなくなっていくんです。
でもこれは思い出の物の整理が進んだのではなく、ただ見えないところに置いた状態なので、また片付けようとした時に同じ場所で止まって、同じモヤモヤを繰り返すことになります。
後で考えようは続く
今は気持ちの準備ができていないという感覚は本当のことで、無理に今日決めなくていいというのも正しい。
ただ、気持ちが自然に整う日を待っているだけでは、なかなかその日が来ないことも多いので、後で考えようと思っている間に時間が経って、次に箱を開けた時にはまた同じ気持ちになってしまい、その繰り返しを何年も続けているという人も、少なくはないんですよね。
捨てなくていいが、そのままも少し違う

思い出の物を捨てなくていい、というのは本当のことです。
これは片付けの話ではなく、思い出の物をどう扱うかという話なので、手放さなければいけない理由はどこにもないので、残すという選択はちゃんと選択肢として成立します。
ただ、何も考えないまま結果として残っているのとは、少し違うんですよね。
放置と選択は別のこと
捨てないと自分で決めることと、思い出の物の判断を考えるのをやめた結果そこにあるというのは、物の置き場所は同じでも意味が違います。
前者は自分が決めたことで、後者は決めることを先送りにしたということなので、この差が日常に大きな影響を与えるわけではありませんが、でも気持ちの中にじわじわ残ります。
残すと決めた物と迷ったまま置いてある物とでは、部屋の空気が変わるんですよね。
物は同じ場所にあっても、片付けをしようとするたびに同じ場所で止まって毎回モヤモヤするのは、先送りにしてきた判断が積み重なっている状態だったりします。
残すと決めるだけでも整理になる
捨てるかどうかを今日決めなくていいけど、でもこれは残すと自分の中で決めることならできます。
それだけで少し違う感じがする、という人は多いです。
判断を回避したまま置いてあるのではなく、自分がそうしていると知っている状態になる、ただそれだけのことなんですが、それだけのことで気持ちの引っかかりが少し減ることがあります。
今の暮らしで考えるという視点

思い出の物について考える時に、過去にどれだけ大切だったかを基準にすると、どれも同じくらい大切になってしまい、また全部が同じ重さになって判断できない状態に戻ります。
少しだけ視点をずらすとしたら、今の暮らしを起点にして考えてみることです。
使うかではなく、今の部屋に置きたいかどうか
今後使うかという問いは、思い出の物には向いていませんが、今の自分の部屋に置きたいかという問いなら、少し答えやすくなることがあります。
使うかどうかではなく、今の生活の中に一緒にいてほしいかどうかという感覚の話なのですが、これも答えが出ないことがありますが、でもそれはそれでいいんですよね。
まだわからないという感覚が分かった、というのもひとつの情報です。
結論は今日出さなくていい
今の自分にとってどうかを考えてみる、それだけです。
これは今の暮らしに置きたい気がする、これはまだわからない、これは少し重たい気がする、そういうふわっとした感覚を持っておくだけでも、いずれ整理する日が来た時に動きやすくなります。
急がなくていいので、ただ少しだけ、自分の気持ちを確かめておくくらいの距離感で十分だと思います。
まとめ
今回は、思い出の物の前で手が止まる時の考え方について書きました。
片付けが進んできたアラカン女性ほど、思い出の物の前で一度止まります。
思い出のある物には、使うか使わないかという判断軸が通用しないので、どれを残すか決められなくなるのは当然の状態で、止まっているのは失敗ではなく、それまで動いてきた流れの中での自然なことです。
だからといって、思い出の物の判断を考えないままずっと置いておくのとも少し違う。
捨てなくていい、でも放置と選択は別のことなので、捨てないと自分の中で決めるだけでも、気持ちの整理になるので、今の暮らしを起点に今の部屋に置きたいかどうかをゆっくり感じてみる。
結論は今日出なくていい。
そういう視点で思い出の物と向き合う時間が、少しずつ積み重なっていくだけで十分だと思います。
これからの暮らし全体をどう整えていくかを考える視点も、一度整理しておくと迷いにくくなります。


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